浅草でどぜう、を思い出したんだ。 (スタッフコラム)

何年前になるのだろうか。夏の出張で浅草に泊まった。親友のフクシマさんは某社のオエラい部長さんで年中出張。全都道府県を全て制覇したそうだ。で、奇しくも彼も同じ日に東京出張だったので、一緒に飲もうゼ、となった。超絶グルメな彼は美味しいお店に詳しい。その日は浅草。「何か食べたいものあります?」と彼。「ん~…折角浅草なんだから、それっぽいモノ!」と僕。「ドジョウは大丈夫すか?」「父親が好きで小さいころから食べなれてる。大好き」・・・で、連れていってもらったのが「飯田屋」という超老舗。ブンガクブの出来の悪かった僕の微かな記憶が蘇った。あ、永井荷風だ。浅草の「アリゾナ」と「飯田屋」は永井荷風が愛したお店だと思い出したのだ。(そんなことしか覚えていない自分が悲しかった。因みに「アリゾナ」は洋食店だよ~) 骨抜きドジョウ鍋、定番の柳川、うざく、ぬた、なんかをビールと日本酒で楽しんだ。 で、その後少し経ってからテレビで「浅草の老舗のドジョウを大舘の養殖業者が専属契約」というニュースを見た。あの時のどぜうは、どこ産だったんだろう、と気になった。長々と「飯田屋」について書いちゃった。前回の最後に書いた「濹東綺譚」から思い出したお話でした。

GYAOで観たそれは1992年の作品だった。荷風に津川雅彦、濹東(隅田川の東側の玉ノ井という辺り)の私娼お雪は「墨田ユキ」という、モロこの作品用の芸名じゃん、っていうUSOっぽい名前の女優。確か小説の「濹東綺譚」は大昔に読んだ記憶があったけど、ほぼ内容を覚えてなかった。で、新潮文庫のそれを読み返してみた。でも映画ほどインパクトがなく「淡々」と物語が進んだ。小説を読んだ後から映画を観ようとは感じなかっただろうなと思う。小説にはないシーン(荷風が老いさらばえて倒れちゃうとこ、とか)もあって、これって「断腸亭日乗」じゃね??って思ったけどその内容を知らないので調べた。1917年8月から1959年4月29日までの荷風の日記。腸が弱い自分が暮らす洋館を「断腸亭」と名付け、亡くなる前日まで40年以上書いてたそうで。心から惹かれていたお雪から「断腸の思い」で離れた後の荷風の悲しい生きざまも映画にはあった。深く心に残った。日本人の心って素敵ですね。ついでに・・・「アリゾナ」は既に閉店してるってさ。残念。1度行ってみたかったさ。。。