女の不作法。その2 (スタッフコラム)

久しく親友のフクシマさんと飲んでいない。そう、僕らは新型コロナ予防のため半年以上一緒に飲んでない。超異常事態だ。早く終息してもらわなければ、後期高齢者になっちゃうよ~(「アルシンドになっちゃうよ~」風にお読みください。古っ)

改めて、この前の続きです。(覚えてないか~)内館牧子のその2。何度も書いちゃうけど「バタバタしてて」について少しだけ触れさせてください。本文にあったんだけど、「ゴロゴロする」とか「ダラダラと」とか「びくびくする」なんかを「オノマトペ」と言うそうだ。「擬音語・擬態語」のことだそう。これも「カタカナ語」だね。と、妙に反応しちまったサ。

ところで、今回は「挨拶ができない」という項について。っていうか、いつも前振りが長い上、話があっちこっち行っちゃうので本題が少なくなってしまう。字数を減らさなきゃ誰も読んじゃくれませんよ、と言ったシンドーさんの顔が浮かぶ。ぐふっ(あ、これもオノマトペだぁ)。。。で、本題。(ここまでで400字超)

書き出しは、犯罪者の近所の人はほぼ「挨拶をしっかりする人だったのに~」。挨拶=しっかりした人、のイメージ。でも昔はみんな普通に交わしてたもの。今は「できない人」「しない人」が増えた、と内館さんは嘆く。「おはよう」だけではなく、「御礼」「労い」「謝罪」「お見舞い」の言葉も「挨拶」で、そのタイミングは早いに越したことはない、という。TPOに応じて的確にきちんとできることが「大人の必須条件」だと書く。内館さんが「敬語」を審議する国の委員だった時の話。公立中学の現役の女性教師の委員が「挨拶は気づいた方からすればいい」と言った。それには内館さんも(僕も)同意見。加えて「みな同じ人間なのだから上下、優劣なない。例えば教師と生徒の挨拶で生徒が「先生、おはようございます」。対して、「〇〇君、おはよう」はおかしいし「先生」{~君」と呼び合うのもおかしい。人間は平等だから敬語はいらない。」と主張したそうだ。僕は目上だろうが目下だろうが「~ございます」はどちらもつけるべき、と思う。「~君」「先生」ははっきり言ってどうでもいい。お互いが「師弟」の関係だったり「上司部下」の関係があって「それなりにリスペクト」できていれば、だけど。敬語はちゃんと相手を尊敬できていれば普通に使っちゃうんじゃないかな。内館さんは「立場、長幼の関係」から大切だ、と言う。上下、優劣のない人間に敬語は不要、とする教育で育った子供が量産されることは大変な恐怖だと言う。

挨拶、は「あなたの存在を認めてますよ」という意思表示。だからしっかり「自分から」進んで声を出しましょう。絶対にSON(損と読みましょう)はないからね~社会の潤滑油だからね~ と新入職員研修の時には毎年このフレーズを言ってます。石川理紀之助翁の「寝ていて人を起こすことなかれ」を実践し、十代の新人さんにも自分から「ございます」入りの挨拶をしてま~す。(WAO!1200字超えじゃ~気をつけますぅ)