友達100人出来るかな♫って歌、今もあるのかな? (スタッフコラム)

もう随分前になるので記憶が曖昧になってきたけどベストセラーの「嫌われる勇気」を読んだことがあった。アドラー心理学をわかり易く書いている、と聞いて読んだ(でも「アドラー」って誰かも全く知らなかったけど(汗))。自分と他者の関わりについて書かれていた。「人生のタスク(課題)は全て対人関係の課題だ」と言い切る。「仕事」の課題にしても「交友」の課題にしても「愛(家族・異性など)」の課題にしても。「できる、できない」は他者と比較するから出てくる課題なんだ、ともいう。だから「全ての悩みも喜び」も「対人関係」のそれである、と。「ニーバーの祈り」(これも初めて知った)とともに、言ってることはわかり易くて妙に説得力のある本だった。煙に巻かれて言い負かされた感が強い。。。自分以外は全て他者であって、そこに介入したってどうしようもないんだからねっ!って何度も繰り返し教えてくる。その通りだ!あんたの言うことはいちいちごもっとも。でも少し寂しい読後感があった、と覚えてる。

で、交友について考えた。僕には何人かの親友がいる。毎日一緒に誘い合ってトイレに行く、ような関係に全くない何人かの素敵な友人。彼らは何年かぶりの再会であっても、その時々の僕をそのまま「するり」と受け入れてくれる素敵な存在だ。昔、中村雅俊が青春ドラマの主題歌を歌っていた(当然主演も、だ)「~また会う約束などすることもなく、それじゃまたな、と別れる時のおまえがいい~♪」。そんな感じの素敵な関係だ。ところで「親友」「友人」「知人」、どこで区分するんだろ。そんなことを考えると心臓が「きゅっ」と縮こまる感じがする。どこで線引きするんだろ・・・

「嫌われる勇気」の中で、若者が学者先生に「友達がいない」と告白。先生は「ノープロブレム!そんなものはいらん」と諭す下りがある。このシーンも印象深い。僕ら(中高年)世代にはほぼ無縁だった問題。それこそ「1年生になったら~」と能天気になんにも考えずに大声で歌ってた。子供が一番最初に「社会」にデビューするのが「幼稚園」(僕は保育園だったけど)。でもほとんどそこでも「王様」や「お姫様」でいられる。「小学校」に上がった時、「うわ~大人の世界だわぁ~」と大きなショックを受けたことを覚えてる。保育園の先生は「母親」の延長にあったので、小学校の教師は「全く知らないどこかのおばさん」。「家での自分」と「学校での自分」を巧く使い分ける「社会人」になった、のは「大人」に対してだけで、クラスメイトとはフツーに遊びまくってた。でも、今はなんか大変そう。世の中が情報に溢れて複雑になったせいか、スマホゲームが普及しすぎちゃったせいか知らないけど「人付き合い」が下手な若者が多い気がする。僕には子供がいないので「子育て」をしたことがないけど、周囲の話を聞くと「教師」が怖くなくなったらしい。PTAが「モンスター級」のクレーマーになっちゃったから教師が怯えてまともな社会教育ができない、らしい。あ、1200字超え。アツくなりすぎちゃった。

そんなんで急遽今号を「その1」にしちゃって次回に続きを。。。