友達100人できるかな~♫ の2 (スタッフコラム)

ということで、続きです。。。前回、まるでコミュニケーション能力のない若者が増えているのは「教師」のせいだ!と言ってるように聞こえたでしょうが、「クレーマーたる親」のせいです。教師は悪くない。。。教師の友達が4人いるので、ここはしっかりと教師側に立たなきゃね~~話を戻すね。

以前、職場の先輩から「息子が東京の大学に入ったけど「友達が出来なくて」辞めて仙台の大学に入り直した」と聞いたことがあった。そうか、学生時代には友達は必須アイテムなんだ。僕は恵まれてたんだな。確かに「自分から」アクションしなければ得られない友人もあるけど、日常生活の中でフツーにしてると「あ、気が合う!」となって自然に友達になってるパターンが圧倒的に多い。学生時代、新聞配達をしたりバイトしたりして学費と生活費を稼いでいて殆ど話したことのないクラスメイトがいた。確か九州のオトコだった。彼は大学に友達を求めてはいなかった。人の考え方って多様で面白い。

僕はよく「親友の〇〇さん」と書く。あまり意識せずに。で、考えた。「親友」って何?。(すげえ、アオハルっぽい。僕は一体何才なんだ?)「自分のホントの部分を受け止めてくれる、理解してくれる友人」だと仮定したらオトコって単純バカだから親友がいっぱいいるんじゃないかな~そんなレベルのハードルだと「友達」は軽~く100人になるかも。でも、そんなにいらない。毎日飲み会出来る肝臓を持ち合わせていないもん。あ、友達=飲み会っていう頭の中がバレバレじゃん。

「友達たくさんできればいいね、とは周囲の人間と軋轢なくそれなりにうまくやれる人間になりましょうね、といった意味合いなのかもしれない」(AX  アックス 伊坂幸太郎)最近読んだ作品にあった言葉。面白いので書き抜いた。そう、軋轢なく~は、社会人としても必須要件。「緊張がやたらと強い僕」は、目上の人とは凄くマジメに接するので友人関係にはなりづらい。たま~に僕レベルに降りてきてくれる先輩がいると甘えまくってしまって「心のソーシャルディスタンス」無視状態に。逆に年下には気を遣わせないようフレンドリーに接するのですぐに友人関係が成立する傾向にある。あ、友達100人できるかな~は、できないとまるで「人間失格」「性格異常」「社会からのはみ出し者」「アウトロー」と後ろ指を指される感があることも否めない。まぁ、どうでもいいけどさ。。。

例によって何しゃべってんのかわかんなくなってきた。ここは「ニーバーの祈り」を載せてごまかそう。。。神よ、願わくば私に、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることができる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とを与えたまえ。。。自分以外のことは変えることができないのかなぁ。これって諦念だよね。う~ん、当分は達観できそうにないや。ところで、「友達100人できるかな~♫」っていまだに歌われてるのかな。気になるぅ。