クリスマスだぁ。からの、昔は結構1人で完結してたね、こどもでも。 (スタッフコラム)

クリスマスですね~ホンマもんの仏教国でもクリスマスってやるのかな。日本はどんな宗教も信仰OKだから、この時期日本人の多くが一時的にクリスチャンになるんだね。以前も何度か書いてるけど、僕の年代が子供の頃のクリスマスはケーキと鶏もも。「生クリーム」じゃない「バタークリーム」という凄く甘くて重たいクリームで出来た「たけや」(秋田県で1番大きなパンの製造会社)のクリスマスケーキと「お惣菜やさんの鶏もも肉」にかぶりつくのが年1度の楽しみだった。思い出に残っているような「プレゼント」をサンタさんからもらったこともない。家族で楽しもうと、帰りが遅い父親をケーキを食べずに母、姉と眠らず待っていて、酔っぱらった父が職場の同僚を連れてきて姉と2人でガッカリした、という思い出は記憶にある。まあ、フツーにそんな時代だった。子供たちは多くの主張もせず、非日常的な行事は贅沢だと考え「ガマン」が「日常」だった。だから、口では「コロナで飲みに行けずストレス激増」などと言ってる割にはこの「ガマン」の状況をすんなりと受け入れてる感がある。「コロナ鬱」??そんなぁ・・・一体何故なの?って感じ。こんな恵まれてる時代での一時的な自粛をもっと楽しめばいい、とすら思ってるフシもある。環境に適応してこそ人間じゃね?行動制限のストレスを自宅で解消する方法を自分なりに見つければいい。

例によって話がズレちゃったので軌道修正。もう少し「昔の」クリスマスを語らせてください。小学校低学年の頃「クリスマスこども大会」が毎年開かれてた。姉と2人で真冬の雪道を秋田市手形(所謂「駅裏」です)から山王の「県立体育館」まで歩いて往復。午後の数時間、何かの催しがあったのだろうが、イベント自体の思い出が殆どない。片道5キロほどの道程を雪の降る中を歩く場面とプレゼントとして配られた少しの駄菓子と少年サンデー(女の子はリボンとかマーガレット(どっちも少女コミック誌))の記憶。まるで「八甲田山」並みの?疲労(プレゼントの漫画雑誌が8歳の子には重すぎた)を感じながらの帰路(泣き虫の僕はほぼ「ベソ」をかいてた)。。。無事にウチに着いた時の姉の安堵感はどれほどだったのだろう。着いた途端に、ウチの暖かさと持ち帰ったプレゼントの嬉しさで「ステキなクリスマス」になってた気がする。昔は殆ど親掛りでなく「子供の世界」は子供がやってた。「クルマ」で送り迎えなんか絶対なかった。自分らが行きたいのなら自分らで行け、がウチの家訓?だったように思う(多分これも「そんな時代」だった)。僕ら世代は早くから「自己責任」「自己完結」の中で育ったのだ。でも今は・・・

トシを取った。若いコが少し脆弱に感じるのは世代間ギャップからくるんだろう。今の若者は「ケーキ」をあまり好まない、と聞く。「クリスマスの時限定」イブと翌日、2日に渡って食べられる喜びは今という恵まれた時代に生きる僕らに与えられた特別な幸福感。さあ、今年も年1度の「大人買い」。配偶者と2人でホール2個を制覇だ!(10年前は3個いけてたさ~)

あ、気づけばこれが今年の最後のコラム。来年も読んでいただければ幸いです。。よいお年を~