不条理と神、天。の2  (スタッフコラム)

前回の続きです。もう少しお付き合いください。今回は予告通り「中村文則さん」の「惑いの森」という短編集の中で気になった2作品から抜粋。

まずは「郵便局で」という作品。「神」についての記述。(前略)~~神は大勢の人間達が何万年にもわたって自分に助けを求め、祈り、そして何もしなかった自分を祝福しながら死んでいくのをただ見ていなければならない罰の状態にいるのではないか?~~この地上の世界は、ただ、神である彼への何かしらの罰というショウでしかないのではないか?~~(後略) スゴいことを発想する作家だ。どんなに科学が発達しても「天変地異」など人間の領域ではどうしようもなく無力だ。その「なんでやねん」の不条理な禍の時、人は「神」に祈る。神に願い、祝福し、忠誠を誓い現状からの救いを乞う。「神はその試練を乗り越えることが出きない者にはその試練を与えない」という。ただただそんな「詭弁」で煙に巻き、祈る者自らのチカラで難局を乗り超えるのを待っているだけ、というのか?ホントに神仏が在てこれを聞いたら怒ってバチを当てそうなのでこれ以上のコメントは控えますぅ。。。

そして、「鐘」という作品。(前略)~~この街は神が創ったのではないのだから。昔のひと達があらゆる苦難に遭い、その度に創り上げてきたのだから。未来が自分達のいる世界よりも良くなるようにと。~~今ある全ての生命は、この先に生まれる全ての生命に対して責任があるのだから。人は世紀を跨ぐ度にこの世界をもっと良くしていかなければならないのだから。~~宗教や神話にあるヘブンとは、本当はあの世のことではないのだから。人が世紀を跨ぎながら創り上げていく、その先に実在する世界のことだから。~~(後略)  ここでの中村文則はいくらか「明るい」のかもしれない。将来、未来に「ヘブン」を見るのだから。ただ、「天」「神」「仏」はないんだ、と言い切っている。人間こそが理想とする未来を創造できのだ、と。そして彼は「地獄」「ヘル」「悪魔」については語らない。「暗い」けどこの短編集は彼の作品群の中ではまだ明るく感じるのはそのせいなのか。。。

そして孟子の言葉をひとつ。「天に順う者は存し、天に逆らう者は滅ぶ」。  「天網恢恢疎にして漏らさず」ということわざ?に似てる感あり。で、調べたら「天網恢恢~」は老子の言葉でした。流石、中国4千年の歴史。昔の中国には一時「憧れ」さえあって「行きたい国」だったけど、ここ数十年の国際的な関係にはガッカリな部分が多すぎて絶対「行きたくない国」になってしまった⤵ 「天に順う者~」と「天網~」が似てる、って書いたけど「孟子」と「老子」はそれぞれ「儒教」と「道教」で、正反対の考え方だぞ、とあった。後で詳しく調べてみようっと。

前回から「不条理」を、そして「神・仏・天」をテーマに哲学的、文学的に捉えた作品、言葉を挙げました。「神」に「仏」に「天」にツバするような発言。不快に感じた方も多いと思います。深く反省します。でも他意はありません。あくまでも文学作品でのお話ですから。そう、「なんでやねん」と笑い飛ばしてください。