給食と学生時代の食生活。。。 (スタッフコラム)

はっきり言ってジャイアンツは好きじゃない。スワローズファンなら当たり前。でも土曜朝の日テレの番組でジャイアンツの選手にインタビューするコーナーは面白い。「ジャイアンツ」がイヤな訳で、選手個々がどうの、じゃありません。実際、今シーズン途中からスワローズに加わった田口投手(背番号34。あの金田正一の番号です)は大好きさ~。ま、いいんだけど。で、この間、そのコーナーで給食の思い出をインタビューしていたのを笑いながら観て、配偶者と自分たちの給食の思い出を語り合った。

僕の小学時代の給食は(秋田市)大変切ないモノだったことが判明した。「おかず」の話をする前に「主食」について。「食パン」「コッペパン」、たまに「焼きそば」「ソフト麺」。そして「玄米コッペパン」。米飯給食なんか1度も経験しなかった。もしかして「パン」より「コメ」が貴重だったの?でも今流行りの「玄米」パンはあった。周囲の人はあまり知らない存在のようだ。給食でよくある「コッペパン」よりず~っと小さいサイズだが、とても重い。ずっしりとした重厚な手ごたえ。ふたつに割ると中は濃い茶色。食感はボソボソしていてマーガリンやジャムをつけてもとても美味しい、とは言えないパンだった。

ミルク、は「脱脂粉乳」。今じゃ「健康飲料」と言われるけど、これがまた飲みづらい。クラスの数人はこれを飲めずにお昼休みも半べそ。当時、担任は好き嫌いをなくそうとお昼休みも管理していた。昔は無知な分、みんな「丈夫」だった。食物アレルギーなんか誰もなかったんじゃないかな。まだまだ「飽食の時代」ではなかった。今の子に「飽食の~」って言ったって「なにそれ?」だろうね~「ミルメイク」というミルクの味が劇的に美味しくなる魔法の錠剤?の存在は名門「明徳小学校」にはなかった事実も判明。小学3年生からやっと「牛乳」になった。3年生の給食当番が「瓶」入りの牛乳を運ぶのは大変だったろうなぁ。。。

デザートについて。基本的になし。たま~に「りんごのシャーベット」というか、りんごをそのまま凍らせただけの「冷たくてすっぱい!」としか感じないデザート。

こんなんでも給食の王様「カレーシチュー」の日とかは男子はみんなご機嫌だった。中学、高校時代はほとんど毎日「調理パン」を買って登校。当時は「コンビニ」なんかまだこの世に存在していないので、街のパン屋さんが大人気。いろんな調理パンがあった。毎日食べても飽きなかった。美味しい上におつりは自分のモノになった。一生懸命貯めて「映画」を観に行ったり「本」を買ったり。

大学の頃は、学食に行くと「きしめん」。確か100円ちょっと。秋田ではマイナーだが「平べったい名古屋方面のうどん」。最近栄養不足かな、の時は「鉄板焼き定食」。基本、全メニュー美味しかった。学食以外の昼食は(麻雀のメンツ(メンバーのことです)集めに学校に行くようなモノだったので殆ど「学食以外」だった)優雅に地元「沼袋」(「池袋」じゃありません。西武新宿線の駅です。)の「喫茶店」でブランチ。殆どが「ホワイトクリームパスタ」。学校に行かない日は(麻雀をしない日、とも言います)ご近所の「アレンジボール屋さん」で球技に勤しんでいた。友達は僕の部屋に行く前に駅前のそのお店を必ず覗いていた。あ、昼食の話題がいつしかギャンブルの話になってる~

確か、中学校の2年辺りから「弁当」を拒否ってその後学生生活を終えるまでずっと「パン屋」や「食堂」を利用させてもらってお金をもらってた。ずっと親のすねっ齧りの放蕩息子だった気がする。改めて亡き両親に感謝。。。