健全?だった学生時代の休憩時間とその後の僕 (スタッフコラム)

以前、中学校時代の休み時間にクラス内で相撲をしてたことを話してた記憶がある。柔道部の強い男の子は「親方」と呼んで相撲には混ぜず、僕が「横綱」に君臨してた、と書いてた。当時の中学は学年で500人以上いて、10クラス。1クラス50人以上いた。超アタマのいいヤツや何故か登校時に「サケ」臭いヤツ、夜中に集まって麻雀してるヤツらとかホント多彩な集団でそれなりに魅力的だった。陰湿なイジメなんかはなかったハズだ。10年に1度の同期会にも欠かさず出席して、その度に楽しい時間を過ごせた。

しかし高校は僕にとって全く楽しいものではなかった。っていうか「つまんない」ものだった。2年生の夏休みに友人3人で「大学の下見」(一体なんのこっちゃ!??)と称して東京3泊4日の旅をして「絶対に東京に行こうゼ」と盛り上がってたりはしたけど、「クラス」はまとまってた、とは思えなかった。卒業後の「クラス会」は1度の企画もなかったし、同期会の案内さえない。(校友会の情報紙が年2回?くらい来る程度)そんな中で、1年の休み時間は「WOC」を開催してた。クラスの20人くらいは参加してた。「World  Osikko  Council」(世界押しっこ評議会)という組織団体を名乗り、所謂「手押し相撲」(2人が対面して立って、掌で押したりすかしたりして相手のバランスを崩して足が離れたら負け、という誰でも子どもの頃にやったことがある単純なアソビ)で勝負するのだ。各々適当にリングネームをつけてタイトルマッチをしたりランキングをつけたりして遊んでた。今の高校生に比べたらなんて「ガキ」だったのだろう。覚えているリングネームは「バズーガひでのり」「ベクトルひろかず」「セレクト〇〇」(〇〇には僕の名前が入ります)とか、どうでもいい感じがまた楽しかった。僕は確か世界ランク2位くらいが自己最高位だった。(タイトル挑戦の度に敗れていた!)

で、2年の時はクラスの半数以上が参加してのアソビが流行って、学年主任に激怒されたことがあった。今思えば怒られて当然なのだが、当時は「???」とみんな不満たらたらだった。どんなアソビだったかというと所謂「10円玉落とし」だ。2人での勝負。教室の机の対角に10円玉を置いてジャンケン。勝った方が先攻後攻を選びゲーム開始。超原始的に指で10円玉を弾いて相手の硬貨を落とすと勝ち。自分のも一緒に落ちると引き分け。相手方が攻撃の先後を選べる。と、いう単純ルール。勝った方が相手の10円玉をもらえる。つまり、賭け。ギャンブル。クラスの委員長も参加しての大賭博場と化した教室。誰がチクったか不明だが担任と学年主任(これがまた1度も「笑顔」を見せたことのない「倫社」の教師だった)にこっぴどく叱られて「賭場」は閉鎖され、それ以降は活気のない教室に戻ってしまった。

大学で麻雀とパチンコ、そして今は殆ど存在しない「雀球」(ジャンキュウと読みます)「アレンジボール」「スマートボール」を知った。結局、「勝った、負けた」がオトコは好きなんだね。今までの人生、どれくらい負けてるんだろ、ギャンブルで。。。