油田の一本松のこと、とか9月に想ういろんなこと。。。 (スタッフコラム)

確かに感じていた。いつ頃だったろう。もう1年くらいになるのか、秋田市寺内の油田(あぶらでん、と読みます。地名です)の「一本松」の前をクルマで通った。配偶者が「うあぁ!一本松が死んでる!」。驚いた。「松」の形状を成していない。枝葉がない。曲がった電柱のような寂しい姿。。。僕らはたま~にそこを通る。20数年前までその近くに住んでいたから。未だにその辺りが「どう変貌するのか」気になるから(5年前に母が亡くなって「帰ることがなくなった秋田市手形の実家」周辺にも同じ理由で時々訪れるが)。その近くに住んでいた時は秋田市山王地域が夜帯も繁栄していて、山王で飲んで帰る際にはタクシーの運転手さんに「一本松を入ってすぐ左に折れてください」などと説明するほど有名で立派な松だった。(関係ないけど日本人は「桜」と「松」が好きだ。「松はオトコの立ち姿」なんて言葉あったよね~)その立ち姿が今にも倒れそうな朽ちた電柱になってた。つい数日前、テレビのローカルニュースが「伐採した」と伝えていた。樹齢200年とのこと。生けるものは滅するのが必定、というがやっぱり切ない。地域のシンボル的存在だったのだから。

堀〇元先生から配偶者にメールがあった。何度も登場している埼玉の元高校教師。悠々自適の生活を楽しんでいるようで「自転車で毎日20km」走ってるそうだ。2年前のGWに秋田に来てくれて「これからは毎年会って麻雀しようゼ」などとUSOっぽい約束をしていた。「毎年、はないだろうが2年に1度くらいは会える」だろうと思っていたけど今は全くムリな状態。僕らの世代は「あとどれくらいの間元気に動けているんだろ…」と近い将来にさえ不安を持っている。コロナ発生後のこの状態は僕らの世代には結構キツいのだ。残された時間を考えると。。。

やたらとジジ臭い話になっちゃった。でも実感する。先日、土崎の社会福祉法人の事務部長さんが辞められた。とても気さくな方で、何度も楽しく素敵な時間をいただいた思い出がある。わざわざ仁政会までいらして退任のご挨拶をいただいた。こんな時期でなければ送別会を開いて在任中の無礼のお詫びと重責を全うされた労いをしたかった。仕方ないのは重々承知しているが、やっぱり切ない。

一本松の伐採、いつになるかわからない親友との再会、お世話になった先輩を礼をもって送り出せなかったこと・・・今年の夏の終わりは少し切ない。。。そんな中で、嬉しかったお話をミツユキさんからもらった。ミツユキさんはPSW。精神保健福祉士。県内では超ビッグネーム。ミツユキさんへの悩み相談なんかでず~っとお付き合いのあるSさん。最近はお目にかかることがないが、以前はバレンタインチョコを僕もついでのようにいただいたりしてた。ミツユキさんへの電話相談のあと「なんか、おじちゃん(彼女は僕が若い時からず~と「おじちゃん」と呼ぶ)コラムをやめるようなことを匂わせてたけど、やめるなと言っておいて。ファンが1人はいるんだよって言っておいて」と話してくれたそうだ。こんな「なんにもならない長文を読んでるなんてヒマなヤツだなと思う(USOです。ゴメン)と同時に、Sさんがしっかりとコラムを読んでてくれていることを知り心からの感謝の念が生まれた。ありがと、Sさん。また来週、よろしくです。